暇小説
ーーイラつく夜だった。
時計盤の針は9時42分を指していた。
仕事が長引きこんな時間になった上に今日は特に嫌なことが重なっていた。
社内で密かに好意を寄せているあの人に彼氏が出来たというのだ。
噂で耳に挟んだ程度だがどうやら相手は同じ部署のYらしい。
その人とは自分で言うのもなんだがそこそこ仲が良く、気心を知ったつもりでいただけに結構ショックがデカかった。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながら今日も早足に会社を出た。
昨日とはうって変わり今日は一日中じめっとした天気だった。
「アハハ、マジやばいよね、ウケるー」
などと会話の弾んでいる塾帰りであろう女子高生を横目に、傘を持ち歩くのが嫌いな俺は一人駅までの道のりを歩く。
普段は吸わないのだが、今日はやけに歩きタバコをする人のタバコの匂いが馨しく、よい香りに感じた。
雨が降り出した。
「ついに降り出したか」という思いと裏腹に「やっと降り出したか」と思う自分がいる。
傘を持ち歩かないのには二つ理由がある。
一つはただ邪魔でしかないという理由なのだが、もう一つは雨の中を歩くのが好きだからだ。
ーーこういう日は特にだ。
雨に打たれながら帰るのは不思議と気分がいい。
まるでシャワーで自分のモヤモヤを全て洗い流しているような、そんな気分になる。
気づいたら俺の頬を水が滴る程の大雨になっていた。
しかし今日という日はとことん嫌な日で、横を猛スピードで走る車に思いきり水をかけられた。
俺は雨に打たれるのが好きなのであって決して濡れるのが好きというわけではない。
ましてや他人にかけられて喜ぶなんてことはありえない。
水たまりに波紋で出来た車の轍を見つめながら俺はまたトボトボと歩き出す。
そしてこのままいつも通り電車に乗り、食事を済ませ、風呂に入って寝るのだろうと思うと、とてつもなく人生が無駄なように思えてくる。
「はぁ。」
俺は一つため息をつきながら駅へと歩き続けた。
ただ時を刻むだけのソレはもうすぐ10時を指そうとしていた。